10円玉、消えた
源太郎の方は相変わらず行方知れず。
『一番軒』の山村も常にそれを気にかけ、色んなツテを使って当たってみたが全て空振りに終わる。
やがて幸子も山村も、源太郎に関しては殆どサジを投げてしまった。

「まったくゲンのヤツ、一体どこで何をしてるんだ?」
ある日山村が幸子に電話でそう言った。

「山村さん、もういいですよ、あの人のことは。杉田さんのおかげで、あの人がいなくたって、この店ちゃんとやっていけてるんですから」

「役に立ててよかったよ。まあでも杉田の給料のことは気にしなくていい。また苦しくなったときはこっちから出してやるから。そのときは遠慮しないで言ってくれ」

「そんな山村さん…でも本当にありがとうございます」



商売が安定し、幸子の表情が以前より明るく穏やかになっていくにつれ、竜太郎の心にも安心感が宿った。
そして、父親のことなどもうどうでもいいと思うようになった。
店に活気が出て、母さんもあんなに元気でハツラツとしているんならそれでいいじゃないか、と。

また竜太郎は美術部に入り、油絵やデッサンに触れることで絵を描くことの楽しさを改めて知った。
彼は漫画への情熱を取り戻したのである。



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