10円玉、消えた
途中から客が増えだしたため、竜太郎は薫を二階の自分の部屋へ連れて行った。
階下から、杉田の威勢のいい「いらっしゃい!」という声が聞こえてくる。

それから二人は話しをしたり、音楽を聴いたりして過ごした。

「竜太郎のお母さんて結構美人だね」
突然薫がそんなことを言い出した。

「え、そうか?」

「明るくて元気があって、スゴくいいよね」

「でも前はそんなじゃなかった。ほら、薫にも話したろ。家を出てった薄情な親父のこと」

「うん。お母さん大変だっただろうなあ」

「大変も大変。あの頃のお袋は毎日イライラカリカリしててさ。いまよりトシ食ってた感じだぜ。家の中もなんかこうピリピリした雰囲気でさ。だからこの部屋にいるときが一番ホッとできた。最悪だったよ、あの頃は」

その後も話しが弾み、二人はつい時間を忘れてしまいそうになる。
だがこの日は週の中日。
休日のデート時より、かなり早めに薫を帰さねばならない。

従って部屋での二人だけの楽しいひとときも、一時間ほどで終わることとなった。

「母さん、俺ちょっと薫を家まで送ってくから」

「気をつけてね。あ、薫ちゃんまた来てね」

「はい。お邪魔しました」



< 94 / 205 >

この作品をシェア

pagetop