孤独な天使
第1章 ここにいること

バイオリン

~~~~♪



屋上でバイオリンを弾くのは、私の密かな楽しみだ。


父が教えてくれた、名も知らぬ外国の曲。

哀愁のある調べで、弾いていると心まで震えてくる。


風に乗って、どこまでも流れていくその調べ。

この曲を弾くと、楽しかったあの頃が思い出される。


大好きだった父。

笑顔の似合う人だった。

私のことを、何よりも大事にしてくれた。


たくさん遊んでくれた。

バイオリンを教えてくれた。

泣いていると、抱きしめてくれた。

たくさんたくさん、ほめてくれた。


そんな、大好きなお父さん。

そんなお父さんが、10歳の夏、亡くなった。

車ごと、崖から落ちて、死んだ。

その助手席には、当時行方不明になっていた、5歳の女児が乗っていた。

その女児も、命を落とした―――


あの頃のこと、今でも鮮明に覚えている。

もうとっくに引っ越してしまったけれど、前に住んでいた家の周りを、マスコミが取り囲んでいたこと。

お母さんと、震えながらカーテンの内側で、抱き合っていたこと。


灯の消えてしまったような、真っ暗な家。

夜になっても、電気を点けることさえできなかった。


意味が分からなかった。

どうして急に、お父さんが死ななければいけなかったのか。

どうして、女児誘拐の犯人になってしまったのか。

どうして、犯罪者の娘として生きていかなくてはならなくなってしまったのか―――



だけど、私は今でも信じているんだ。

お父さんは、そんなことする人じゃないって。

例え、世界中のだれもがお父さんのことを犯罪者と呼んでも。

私だけは、私だけは―――



お父さんのことを信じている。
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