孤独な天使
目が覚める。

爽やかに目覚めたことなんてない。

そう、10年前のあの日から。



毎日夢に出てくるのは、生前の優しかった父の姿だ。

私にバイオリンを教えてくれた、朗らかな父の。


そして、私は実際に見たわけではないのに。

崖から車が落ちていく音。

付きっぱなしのブレーキランプ。

父の断末魔の叫びが、実感を伴って私の中に響き渡る。



その日、夕方になって父がふらっと出かけるまで、私は父と過ごしていた。

バイオリンを教わったり、宿題を見てもらったり。

変わらぬ日常が、そこにあったんだ。

決して、決して父は、それから自殺しようなどという雰囲気ではなかった。

死を覚悟した人が、あんなふうに優しく笑えるはずないんだ。



どうしても、どうしても。

私は、信じられない。

女児誘拐、殺人だなんて、信じられない。


信じられない―――
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