戦乙女と紅~東方同盟の章~
俺は更に言う。

「確か貴様、『とうの昔に理想など捨てた』…そんな事を言っていたな」

「言ったがそれがどうした!?」

怒声を俺に浴びせる獅子王。

「もう一度言ってやる。乙女は己の理想がどれだけの犠牲を生み出すのかを知っている。それでも理想を捨てない」

俺は乙女を見た。

「その理想が、犠牲者の倍以上の人間を幸せにすると知っているからだ」

誇りを胸に、騎士道を貫き、己の信念に恥じる事無く戦う。

卑怯な手段や、邪道な戦術の末に勝ち得た平和など、更なる憎悪を生み出すだけ。

他国と共存し、己の大切なものを守る為だけに戦い、負けを認めた相手には刃を向けぬ。

確かに綺麗事だ。

だが、己に恥じぬ戦いをした者、綺麗事を貫いた者に対して、憎悪を向ける者は遥かに少なくなるのではないか。

「勿論、一切憎悪を受けぬとは言わぬ。それでも身内を殺された者は、殺した者に対して憎悪を向けるだろう。兵士を煽動した乙女に対して、恨みを持つ者もいるだろう。だからできる限り、乙女は仲間を庇う。己の身を犠牲にしてまでな」

それでも、その手で全てを救える訳ではない。

こぼれ落ちる者もいるだろう。

やはり乙女を憎悪する者はいるだろう。

だが、乙女は理想を捨てない。

憎悪ならば甘んじて受け止める。

悪の汚名は一身に背負う。

そうしてまで理想を貫こうとするのだ。

全ては犠牲者以上の、多くの人々の幸せの為に。




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