甘い唇は何を囁くか
愛してる。

これは事実、間違いない。

だが、遼子はきっと受け入れられない。

これまで―、身体を交えた女、出会った人間の幾人かに、自分が「ヴァンパイア」であると教えてやったことはある。

だが、それを信じる者はひとりもいなかった。

実際に、牙を立て血を喰らい命果てて行った女は、もしかすると俺の言ったことに真実があるのかと疑う者もいたかもしれない。

だが、追われることは一度もなかった。

つまり、人間は「目で見える真実だと実感できるもの」しか信じられない。
受け入れることのできない生き物なのだ。

今では、昔のように妖魔を信じる者もほとんどいない。

だから、きっと―。

きっと、遼子も・・・。

「私のこと・・・嫌いになったの・・・?」

「そんなはずがない!」

シスカは顔色を変えて答えた。

「お前の反応のひとつひとつがどれほど愛しかったか、言葉にすることはできない。いつもの声よりも甘く糸を引く濃厚な蜜の音もたまらなく・・。」

「ストップ!」

シスカはハッとして遼子の顔を見遣った。

真っ赤な顔で手を伸ばしている。

「ど、どうした?」

不安になり問いかけた。

高くなる薔薇のような香りに思わず眩暈がする。

「も、恥ずかしいから・・。」

シスカは、胸の辺りを締め付ける温かな刺激に震えて言った。

「可愛い、遼子。」

遼子は潤んだ目でこちらを見つめている。

「・・・どうして、やめちゃうの・・・?」

小鳥の囀りのように耳をくすぐる言葉に、自分自身も更に高ぶってくる。

「・・・。」

遼子の肌、そのきめ細やかな白いなまめかしい肌。

どうしようもなく触れたい。

あの蜜の味をじっくりと堪能してから、遼子の身体とひとつになり、その身体を激しく揺さぶり、その中で果てたい。

もっともっと―愛したい。

シスカはかぶりを振り、言った。

「駄目だ。駄目なんだ。」

「どうして・・・?」

「死なせたくない、言っただろう。」

「どういうことなのか、分かんない。」

「言ったって信じない。」

「信じるわ!」

「信じられないに決まっているんだよ!」

シスカは強く言い、遼子を見つめた。

遼子は身じろいでシスカを見ている。

ふるふると頭を振って言葉を続けた。

「俺だって、信じられなかった。自分自身がこんな身に成り果てても―こんなことあるわけがない。こんなことがとずっと疑っていた。」

もう枯れ果てた思っていた涙がこみ上げてくるのが分かる。

何故なのか分からない。

だが、たまらなく悔しくてもどかしくて哀しくて―。

頬を冷たい滴が伝っていくのが分かる。

「シスカ・・・?」

遼子が、困った声で囁いた。

「・・・愛してる。」

「・・・うん。」

「本当なんだ。」

「うん・・・。」

「こんなに、女を愛しいと愛していると思ったことは感じた事はなかった。お前が欲しい。お前を抱きたい。お前を狂わせたい。この腕の中で・・・。」

「う、うん・・・。」

シスカはゆっくりと遼子に歩み寄った。

「お前は信じない。そして、俺を恐れるようになり、逃げていくかもしれない。そうしたらもう、お前を手に入れることはできなくなる。それはイヤだ。だが、お前を抱くことも出来ない。お前を死なせたくない。欲望のままにお前を抱いて、身体を交えて・・・お前を失うのはお前が逃げていくことよりもイヤなんだ。」

凍えた指先で、その柔らかな頬を包んだ。

「もっと欲しい・・・俺だってこんな中途半端でやめたくない。遼子が欲しい。」

「・・・私も。」

シスカは泣き笑うように微笑んで言った。

「・・・俺はヴァンパイアだ。女の血を啜り、この世に何百年も生き続ける魔物だ。それでも、俺を愛してると言えるのか・・・俺を欲しいと言えるのか・・・?」

遼子は何も答えずに硬直して、シスカを見つめている。

何と言葉を続ければ良いのか分からない。

シスカは痛む胸に、眉をしかめて、遼子の唇を塞いだ。

甘い甘い、口付け。

知らずにいた方が・・・良かった・・・。




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