甘い唇は何を囁くか
あの時の涙を、今でも覚えているのは、きっとあの女が言った言葉のせいだろう。

忘れるな、この顔をこの声をー

まるで呪文のように、今も鮮明によみがえる。

「…それで?」

シスカは、ハッと我に返った。

いつの間にか身体を起こした遼子が、目の前で前のめりに身を乗り出している。

「ああ、それから俺は妙な感覚に襲われるようになった。やたら喉が渇くのに欲しいものが見つからない。そうしているうちに俺は、ついに自分が求めていたものが何だったのか知った。」

あの夜…おぞましい無差別な吸血行為…そして得た充足感…。

忘れることなどできないー。

「幾人もの侍女と身体を交え、血を啜った次の日の朝、俺は家を出た。」
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