甘い唇は何を囁くか

だが…。

シスカの髪はゆっくりではなく、急速に変わっていった。

それは、あの日に見たあの妖魔の髪色と同じ、銀色の髪へ…。

深い海の色をしていた自慢の瞳も、碧眼に…。

シスカを知る周囲の者は、シスカを不気味な者と蔑むようになり、

家族である父と母でさえもシスカを伯爵家の恥と言い殊更に距離を置くようになった。

シスカは次第に屋敷の中で過ごす時間が多くなった。

昼間は屋敷の庭を散歩して、夜は屋敷の中で書物を読む。

しばらくの間、そんな日々を繰り返していたが、

その異変は、唐突に起こった。

ガシャーンッ

パリンパリンと音を立てて、グラスが割れた。

紅いワインが絨毯に沁み込んでいく。

それを見つめて、シスカは膝をついた。

召使たちが慌てて飛んできて、大丈夫ですかと声をかけたがシスカの様子はどう見ても異常であった。

身体はガクガクと震え、まるで絵に描いたように青褪めている。

血の気のない死人のようであり、召使は思わず手を引いた。

幾人かの召使が揺れる視界に映り、シスカは苦しげに息を吐いた。

「何だ…これは…。」

呟くと、吐き気がした。

喉が焼ける。

胸が苦しい。

水を飲みたい時に似ているが、そうではない。

空腹感に似ているが、そうでもない。

何かが欲しい。

それは、そのワインのように芳醇で、濃厚で甘く、舌先を滑り飢えた喉を潤すもの…。

「あ…ああ…っ！」

シスカは頭を抱えて、絨毯に伏した。

「シスカ様！どうなされました？」

「シスカ様！」

口々に召使たちが駆け寄る。

シスカは鼻を突く、甘い香りに呻いて顔を上げた。

「何の…香り…だ？」

唸って問うと、召使は怪訝げに首を傾げた。

「香り…？」

「そうだ…。」

この女―、この女から…？

シスカは、その甘い香りを漂わせる女に向かい、すっと手を伸ばした。