甘い唇は何を囁くか
シスカは月光の下で女の腰を抱き寄せる紅い目を見つめた。

ヴァンパイアはーずっと、自分と同じ姿をしているのだと思っていた。

銀色の髪、碧眼…。

目の前の男は、まるで自分と違う風貌だ。

黒く艶やかな髪に、真紅の瞳…。

「喰ったんじゃないの?」

シスカは、男の言葉に冷たく視線を返し答えた。

「何を、だ。」

だが、答える気があるわけでもない。

それより、バンジェスとふたたび逢うためにはどうすれば良いかー。

歩きはじめたシスカの後を追い、女の手を離した。

力の抜けた女の身体は、かくりと地面に沈んだ。

もう1人の女も、魂が抜けたように立ち尽くしているが、2人は見向きもしない。

「遼子だよ!喰ったんだろ?うまかった?」

シスカの隣に来ると、後頭部で手を組んで続けた。

「あいつ、いー匂いだったもん。うまかった?いーなー、俺も喰いたいんだけど。」

シスカは、あまりに懐いてくる男に苛立ち呟いた。

「お前に関係ないだろう。」

「あ、まさかまだ喰ってないとか?」

「…」

「図星かよ、あー、まさか…本気になっちゃった…とか?」

「…黙れ。」

「ふーん、いいじゃん、んなの関係ないだろ?喰えば。」

確かにーーー

そのとおりだ。

以前のシスカなら、人間の女を喰うことに躊躇うことなどありえなかった。

永く生きてー、好きという感情が芽生えたのも、我慢するのも、はじめてだ。

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