甘い唇は何を囁くか
へっくしょんっ

遼子は鼻をすすって、着てきたコートをかき寄せた。

風邪なんてひいてる場合じゃないってのに、それとも誰かが噂話でもしているんだろうか。

月明かりが十分に街路を照らしているといっても、夜中の町はそれほど安全とはいえない。

人の姿は見えないけれど、シスカは・・・どこだろう。

思わず彼の後を追って出てきてしまったけれど、その行き先がどこなのか知っているわけではない。

けど、その名を呼べば姿を見つけることができるわけでもないだろうし―。

それほど、遠くには行っていないはず。


日本で、平穏な人生を歩んできた自分が、こんな場所でこんな運命と出会うなんて、思ってもいなかった。

シスカは―、絶対に私にとって必要な人。

きっと、もう二度と手放したりはできない。

一度―、あの人に触れてしまったから。。。

・・嗚呼

遼子は震えてコートの上から自分を抱えた。

寒いのは、あの人がいないから。

ここにいないから―。

離れたくない・・・少しの間も・・・。

そうこうしている間に、道の真ん中で立ち尽くす女の人の姿を見つけた。

その足元にはもう一人、女の人がいる。

倒れている。

!!

遼子は駆け出した。

「だ、大丈夫ですか?どうかしたんですか?」

女たちは微動だとせず声も発さない。

まるで、魂が抜けてしまっているみたいだ。

横たわる女の顔からはすっかり血の気が抜けてしまっている。

どうしたんだろう―。

とにかく、病院・・・救急車って、どうやって呼ぶの?

あっ携帯持って来てない!

「・・」

はっとした。

話し声がする。

男の人の声だ。

誰・・・?

ひとりじゃない。

誰かと話をしているもの。

「りょ、・・・だろ・・・。」

この声・・・聞き覚えがある。

「・・・宗眞・・・?」

小さく呟いて、女の人たちを置いてそっと壁際に寄った。

あの家の前にある階段、・・・ここからじゃ顔は見えないけどあそこにいるんだ。

何を話してるの・・・?

一緒にいるのは・・・誰?

まさか―。

もう少し、近寄らないと・・・。

「遼子のこと、好きなんだろ?」

やっぱり宗眞だ、それに私のことを話している。

「ああ。」

答えたその声に遼子の胸は締め付けられた。

シスカ―!




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