甘い唇は何を囁くか
人間は、この見かけに騙されてすぐに擦り寄ってくるから、
…家を出て、一人で生きていくことは困難ではなかった。

父や母が年老いて死に、兄弟が遺した子孫が造った新しい時代に馴染むことも難しくない。

人間の女は、いつしか食物としか感じることはなくなった。

ワインやパン、ステーキのように、美味しく食べる、それだけだ。

自分が食べ残した人間の女は、間もなくして病にかかることもいつしか知り得た。

まるで熱病にでもかかったかのようになり、意識を失くしてそして死ぬ。

自分の中にあるヴァンパイアの毒が、人間を冒すのだということはほどなくして理解した。

だが、50年、60年と経つ時間の中、自分と同じヴァンパイアに出会うことは一度もなかった。

生まれ育った故郷の国を離れ、様々な土地に移り住んだ。

それでも、シスカは一人で、いつも孤独だった。

凍てついた心を暖めるものはもう、何もない。

永遠に闇の中に閉じ込められているも同然―。

100年、110年、人間にとっての長い年月は自分にとっては数分、数秒のようなもの。

俺は神にも等しい存在なのかもしれない。

否、神とはそういうもの―。

この身体に流れるのは熱い血潮などではない。

神たるものは、そういうものだ―。
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