甘い唇は何を囁くか
「あなた、自分をヴァンパイアに変えた女の事を覚えている?」

シスカは、そう問われてああと頷いた。

「覚えている。壮絶なまでの美しい女だった。」

そう、と女は呟いた。

「なら、その女はそれまで見たことがあった?」

いいや、とシスカは首を振った。

あの美しい女は気がつくと傍にいた。

まるで、当然のように俺の寝室に忍び入り、そして当然のように俺の顔を覗いていた。

だが・・・

あの男・・・宗眞の言う事が正しいのなら、あの女こそが・・・。

「・・・だが、あれが俺の・・・愛した女だったのだという事は、分かっている。」

俺の愛した女、いや、俺を愛した・・女にとって、俺が運命だったということ。

「おい・・・何を泣く。」

老婆が顔を隠し、ぽろぽろと再び涙を流しているのを見て、シスカは問いかけると、女は弱弱しく首を振った。

「いいえ。いいの、そう・・・。」

口元を押さえて嗚咽を堪える姿は、老婆にしても艶やかでどこかなまめかしい。

これが、ヴァンパイアの魅力か・・・。

すんと鼻をすすり、女は顔を上げる。

「お、ぼえていないでしょう?」

「・・・?」

「その女とどんな・・・愛を語らったか・・・どんなことをしたか・・・。」

「・・・ああ。」

女は深く息を吐いて立ち上がった。

そして、窓辺に向かって歩いて行く。

「あの若いヴァンパイアも知らなかったようだから、これだけは教えておいてあげようと思ってね。」
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