甘い唇は何を囁くか
シスカは女が手すりに手をかけるさまを見つめて問いかけた。

「何を、だ。」

「・・・運命の相手ではない人間を仲間に変えると、その人間だった者は自分を仲間に変えた者のことも、それまで人間だった頃の記憶も全て・・・残るということよ。」

・・・

一瞬、女の言っていることが理解できなかった。

記憶が残る。

確かに、人間だった時の記憶は全て残っている。

いや、何百年という年月に薄れてはいるが・・、だが確かに自分をヴァンパイアに変えた女のことは、それに関することは・・・夢うつつのように幻に近しい。

「つまりね、あの娘が仲間に変わり、あなたの下に戻ってきても、自分を抱いた男がシスカ・・・あなたでないということを、あの娘は覚えている、ということよ。」

・・・

言葉が出て来ない。

それは、つまり・・・

女はふうと息を吐いて言った。

「けれど、これしか方法はない。あの娘が・・・どれほど傷つく事になろうとも、あなたの事を忘れないまま同胞に変えるには、ね。」



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