甘い唇は何を囁くか

泣いていても、どうすることもできない・・・。

俺の運命は、もう・・・この女じゃない。

「分かってる。」

まるで、心の声が聞こえたかのように、女が言う。

「何も望んではない。あなたにただ、教えてやりたかっただけ・・・後で、傷つかないように・・・。」

そうだな、分かってる。

俺だって、阿呆じゃない。

「ああ。」

そう言って、歩みを止めた。

近付いて、どうしようというのだ。

この女はそれこそ、望んでいない。

「ありがとう。」

ははと、シスカの礼に笑いを漏らして言った。

「もう、何百年も言っていなかった言葉ね。」

「ああ。」

「・・・行くわ。」

シスカはああ、ともう一度答えた。

すまない。

俺の中にいる女は、もう遼子だけだ。

大事な事を教えに来てくれた、俺のもうひとりの運命の女。

年老いた姿で、切なげに囁く美しい女―。

何も返すことはできない。

「名前を・・・。」

女は、ぐっと堪えるように言葉をためて言った。

「もう・・・忘れて良いわ。」

・・・

「忘れるな、と言っただろう。」

「ええ、だから。もう忘れてちょうだい。」

その言葉があまりにも哀しくて、シスカは頷いた。

「分かった―。」

「・・・ありがとう。逢えて良かった。」

「ああ。」

カーテンが揺れる。

そして、その影は姿を消した。

もう、どこにもいないだろう。

きっと、二度と逢わない。

名前も言わず、去った俺の運命。

さらば

心の中で小さく別れを告げた。