甘い唇は何を囁くか
今すぐに、この場で喰らいつきたくなる。

そんな顔で自分を見てくる遼子を、シスカは唾を飲んで見つめた。

ヴァンパイア同士でも、これほどの香りがするものか―。

シスカはかぶりを振り、遼子の身体から手を離した。

触れていると、そのまま抱きしめてしまいそうだった。

「・・・具合が悪そうだ。ホテルまで送ろう。」

そう言うと、遼子は我に返り頷いた。

「あ、りがとうございます・・・えっと・・・。」

「・・・。」

遼子が自分の名を忘れているということが、胸に棘のように刺さる。

それに眉根を寄せて言った。

「シスカだ。」

「・・・シスカ、さん。あの、私・・・?」

あなたのこと、知りませんけど、と続く言葉が見えて、シスカはくっと侮蔑の笑みを浮かべた。

どこから話せば良い・・・?

お前が人間の男に犯されそうになっているところを、気まぐれで助けたところからか・・・?

お前と唇を交わし、お前の身体に触れ、お前の悶える顔も見た。

その全てを話せば、思い出すか・・・?


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