甘い唇は何を囁くか
シスカは火照る頬に熱が帯びていくのを感じながら、
ゆっくりとユリーカの後を追った。

まるで踊るようにユリーカは前を行く。

そして、告白するように空に向かい話しはじめた。

「私は誰のものにもならない。いいえ、なれないの。」

自分と同じように伯爵家に生まれた身分なのか…。

それならば決められた許婚が居てもおかしくはない。

自分と同じように―。

「人を愛することなんて―、二度とないと思ってた…。不思議ね。こんなふうに胸が熱くなる時がまた来るなんて。」

ああ、それは自分も同じだと、シスカは心の中で相槌を返した。

家柄と婚姻を結ぶような時代だ。

愛など、毛頭信じてはいなかった。

ユリーカに出会うまでは―。

「私は、誰のことも愛してはいけないのに―。」

その言葉の後をついてくるように、空から雨粒が零れ始めた。

雨-。

煉瓦の小路に小さな雨痕ができていく。

「ねぇ…シスカ。貴方は本当に私を愛しているの―?」

こちらを振り向いたユリーカの頬を涙が伝っていく。

それを見て、シスカは慌てて答えた。

「もちろんだ。これほどの愛をどう言葉にすれば良いのか分からない。それほど君を愛している。」

ユリーカは、苦しげに俯き、そして言った。

「私の愛は、貴方を苦しめる。それが…分かっていても…。」

その小さな肩が震えている。

泣いているのか…ユリーカ…。

たまらず、シスカはユリーカの下へ駆け寄った。

その肩を支えたくて、差し伸べた手を、
それでも神の領域のように触れがたく、思わず躊躇してしまう。

だが、ユリーカは顔を僅かに上げて眼を閉じた。

それが合図となり、シスカは彼女を抱きしめた。

薔薇の香りのする身体を強く―。

「私も―、もう止められないの…。永い間失くしていたこの欲求を思い出した今―。」

はぁ、と耳元でついたユリーカの息は
シスカの理性を吹っ飛ばすには十分すぎるほど熱く火照っていた。




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