甘い唇は何を囁くか
待っていた。

ずっと、ずっと―。

「でも、良いのかい?」

バンジェスはふうとため息をついて、ただ前を向いて言った。

それに答える老女も、そちらを向くでもなく言う。

「何が?」

「彼は、運命を見つけたようだ…、君は辛いのじゃないかい?」

運命を―。

その言葉は、既に女の胸に鋭い棘になり突き刺さっていた。

いつか、そのような時が来る事は分かっていた。

けれど、逆らう事などできない。

この強い胸の想いには…。

女は深い皺の刻まれた手の甲に視線を落とし、そっと渇いた指先でなぞった。

こんなに、年をとってしまった。

もうマニキュアも宝石も、私には似合わないだろう。

「バンジェス…彼に、教えてあげて。」

それでも良い。

「君は、逢わないのかい?」

逢わないまま―、また永遠を生きていく…?

こんなに年老いた姿で…。

「この姿では彼に逢えない。…逢えないわ…。」

逢いたくない―、そう言っているのだということはすぐに察しがついた。

「良かろう、彼が今夜赴くだろう酒場も分かっているな、ククイ。」

ハンドルを握るククイはもちろんですと返した。

「お願いね…。」

そう言って、祈るように目蓋を閉じた。

消せない飢え、消えない渇き。

この呪われた運命を憎まずにいることなど、できるわけがない。

彼も、そうだっただろう。

きっと、苦しんでいるだろう。

自分をこんな悪魔に変えた者の事を憎んでいるだろう…。

それでも、覚えているだろうか。

女の頬を涙が伝う。

嬉しいのか、悲しいのか…。

バンジェスは全てを察して女の骨ばった肩を抱き寄せた。








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