甘い唇は何を囁くか
店内は落ち着いた雰囲気で、人の姿はまばらだ。

どうも酒を飲む空間というよりは、珈琲を飲み語らう場所という雰囲気である。

ククイの指示でテーブル席に腰掛けた3人は、その中で特別異色なオーラを纏っているだろう。

「さて、何から話そうか。」

湯気を立てるカップを手に取り、バンジェスはようやく口を開いた。

「シスカ君、唐突だが君はヴァンパイアになってから恋をした事はあるかい?」

「…。」

その意味を理解することができず、眉を寄せて首を小さくかしげる。

「人間の頃の話をさっきしただろう。初めての性行為、その興奮に勝る、恋を、ヴァンパイアになってからしたことはあるか―?と、聞いたんだ。」

「…意味が分からない。」

人間は、食物だ。

捕食する者とされる側、その関係でしかない。

「確かに、性欲は人間だった頃に勝ると思う。だが、それは人間の血液をより濃度の高い味に仕上げて食する為だけの行為でしかない。そもそも、人間に恋をするなど―たわけた話があるわけが…。」

そこまで言って、脳裏にあの小娘の顔が浮かんでシスカは言葉を止めた。

初めての性行為、その興奮に勝る恋…否、あれは人間だ。

ただの―、飲み物を提供するその器だ。

「…あるわけがない。」

そう言って、バンジェスの顔を見返した。

「そうか…。」

何か、どこか苦しげに微笑む。

そして、カップを手にするとその暖かい飲み物をくいと喉に流し込んだ。

「確かに、私もそう思う。我々に与えられた不滅の時を生きていく間、人間という餌は必要不可欠だ。」

ふふと寂しそうに笑うと、バンジェスはシスカの瞳を覗き込んで言った。

「だが、違った。」


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