甘い唇は何を囁くか
運命…。

「さだめは、もうずいぶん前に変わった。美しい女が人間だった俺に噛み付いてヴァンパイアに変えた、あの瞬間に―。」

シスカは、眉根を寄せてバンジェスを見つめた。

それこそが、運命。

それ以上の運命など―。

「ああ、そのとおりだ。」

そのとおり?

苛立って、思わず顔をしかめる。

バンジェスは微笑して言った。

「いや、そのとおりなのだよ。これこそが運命。その女に私も今の君と同じように苛立って何が言いたいのだと詰め寄った。そうすると、女は私の前で手帳を取り出して、そして写真を見せた。」

―”これは、10年前の私”。

バンジェスはシスカの前に写真を差し出してそう続けた。
そして、そこに写っていたのは今、目の前にいるバンジェスより幾分か年若く見えるバンジェス自身であった。

「分からないかな…?ならば、ククイ。」

「はい。」

その名を呼ばれ、ククイは従順に返事を返し、バンジェスに近付く。

「シスカ君、このククイも君と同じくヴァンパイアだが、彼は私と出会ってから5歳、年をとった。」

それは、耳を疑う言葉だった。

「…何、だって?」

息がつまりそうになりながらも、ようやくそう問い返す。

バンジェスはもう一枚写真を取り出して言った。

「これが、5年前の彼の姿だ。」

シスカは、今人間の視点からは30代前半ほどの年齢に見えるだろう。ともすればもう少し若く見えているかもしれない。

そう思ってみると、今のククイは自分と同じ年齢くらいが相場だ。

だが、写真に写るククイは、20代前半それくらいの若い男の姿に見えた。

「俺たちは不老不死だ。」

思わずそう呟くように言う。

「ああ、そうだ。」

「なら…なぜ年を…不老不死ではなくなった、そういうことか?」
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