甘い唇は何を囁くか
遼子は目を丸くしてたじろいだ。

目の前の男は、どうして遼子が目を丸くしているのか到底分かってはいないだろう。

遼子の手首をしっかりと掴んだまま、にんまりと笑っているのがその証拠だ。

けれど、遼子は到底笑えそうにはなかった。

あれほど、逢いたいと思っていたその人が、目の前の男の後ろに、いる―。

この人も結構背が高いと思ったけれど、それよりも頭ひとつ高くてそして…威圧的に遼子を見下ろしている。

な、な…何で…何で怒ってるの…?

怒ってるよね…?

これ…。

「どうしたんだよ、何…?」

遼子の視線が自分の頭の上にあることにようやく気がついて男が振り返る。

遼子と同じようにぎょっとして身じろいだ。

「わ、何だよあんた。」

そりゃ驚くに決まっている。

仁王像も真っ青になるくらいの怒ってますオーラが溢れ出ているのだもの。

「何だ、あ、もしかしてさっきあんたが悶々としてた原因?」

そう言って遼子を振り返る。

「へ?あ…え…。」

そう、だけど…そうだけどぉ…。

何で、何で怒ってるのよぉ!

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