甘い唇は何を囁くか
―逢えなければ良い。

もう二度と。

そうすれば、運命とやらを信じなくてすむ。

シスカは、その日も街をふらつきながら食事を物色していた。

二度逢ったあの女のことを、愛しているのかと問われれば、まだ何も答えることはできない。

自分のもっているヴァンパイアの魔力をもってすればどんな女も意のままに操ることができるのだ。

たった一人の女を愛するなど、ましてや自分の「不老」を捨てる決意などできるわけがない。

老いていくということが憧れに変わったのは…いつからだったか。

誰かを愛しそして人間のようにその愛した者と年をとっていく。

そんな当たり前のことを捨てたのは…いつだったか。

もう、覚えてもいない。

逢わなければ、もう二度とあの女と逢う事さえなければこのまま、またただ時間だけが過ぎていくその中で生き続けるだけだ。

そもそも、あんな危ない目にあったのだ。
もう、この街を出ているかもしれない。

きっとー。

そう、思っていた。

シスカは目の前で青褪める女の姿を見下ろしていた。

知らぬ間に、あの女が入っていったあのホテルの前にいた。

そして、そのホテルの前で女が男に腕をとられている―、それを見てどういうことかふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じている。

ずいぶんと親しそうに話をして、振り返ったその瞳は自分に向けられるそれとは違い、恐れをまとっていない。

この数日の間に、もう他の男を―捕まえたということか?

なるほど、自分が思っていたよりもよほどしたたかな女だった、ということか…。

否、それだけのはなし。

別に、自分の女でもないのだから、怒る必要などどこにもない。







< 55 / 280 >

この作品をシェア

pagetop