甘い唇は何を囁くか
シスカはギリギリと歯を噛み締めた。

「もしもーし?」

目の前でサングラスをかけた男がヒラヒラと手を振った。

「…なんだ。」

震えを堪えるため、小さな声で言う。

その白い腕を掴む手を離したらどうだ、と何故か口をついて出そうになる言葉を吸う必要もない酸素と一緒に飲み込んだ。

「もしかして、これ、あんたの?」

そう言うと、遼子の腕を軽く持ち上げた。

これーーだと…?

目の前の男の喉元をわしづかみ、首の骨をへし折ってやりたいという激情がこみ上げて来るような気がして、シスカはぶるぶると首を振った。

そんなわけがないー。

そう再び心の中で自分自身に呟く。

関係ない。

こんな女、どうなろうと。

「へぇ?」

何も答えていないのに、男はサングラスに手をかけて目を覗かせるとそう呟いてにまりと微笑した。

嫌な笑みだ。

人間に対し、こんな不快を覚えたのはいつきりだろうか。

そうだ。

我慢などする必要はない。

男とて、この牙の餌食になれば高熱に冒され死に逝く運命にあるのだから―。

運命…。

よもやのところで、再びシスカの頭の中にバンジェスのあの言葉が浮かんだ。

『お前は運命を見つけたのだ』

目の前でにまつく男の事など、おかまいなしにシスカはその男の後ろにいる小さな女を見下ろした。

俺が―、この女を…?

まさか。

「こんな女…どうでも良い。」
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