甘い唇は何を囁くか
第8章 「Two men」
「何だ、行っちゃったよ。我慢強い男だねぇ。」

遼子はようやく解かれた右腕で唇をごしごしと擦った。

その様子に気付いた男がこちらを見向く。

「そんな顔すんなって。初めてのチューでもあるまいし。」

そりゃそうだけどっ、私はあんたの名前も知らないのよ!?

と、声にならない言葉に唇をはくはくと動かした。

「…あいつだろ?」

「え?」

男は頭の後ろで腕を組んで遠ざかっていくあの人を見て言う。

「あんたが朝から一人悶絶してた理由。」

・・・

するどい。

っていうか、分かるか…。

「あんたの片思いってわけか。」

「あ、違うの。片思いっていうか、まだそんなんじゃないの。」

「へ?」

「まだ、2回しか逢ったことなくて、名前も知らないし、片思いとかそういうレベルの問題じゃないっていうか…。」

そうだよ…。

名前も知らないんだもん、「そんな女どうだって良い」ってそりゃ言われちゃうよ。

あれは、ぐっさりキタなぁ…。

俯いてしまった遼子を見下ろして、男はふぅんと鼻を鳴らして呟いた。

「ま、どうでもいいけど。俺、そんなに親切キャラじゃねぇし?」

「え?」

男はにんまりと笑うと言った。

「ま、いきなりチューは悪かったよ。普通だとあれでキクはずなんだけどさ。」

「…はぁ…?」

「あ、しゅうま。俺の名前、宗眞っての。」

唐突に名乗りをあげられて、余計に困惑してしまう。

いきなりのチューとか、本当にありえないことばかり。

「あっそう、じゃあ、宗眞さんこれで。」

そう言って宗眞にすいと背を向ける。

また、襲われたらたまったもんじゃない。

そりゃ、はじめてじゃないけど誰とでも良いってわけじゃないんだから。

「あ、おい待てよ。あんたは?」

「はい?」

イラついて振り返る。

「あんたの名前、まだ聞いてないんだけど!」

なまえぇぇ?

「そんなの別にどうだって良いでしょっ!」

「えー、良いだろ別に、減るもんじゃなし。」

もうっ、さっさとホテルに帰って帰る仕度しよう。

ここは私には合ってないみたい。

「なぁってば!」

「うるさいわねぇっ!遼子よ遼子。」

遼子がぷりぷりと怒りながらホテルの中に入って行く。

それを見送ると、宗眞はさてとと呟いた。


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