甘い唇は何を囁くか
何故だか分からない。

けれど、キスをされるーー。

近づいてくる男の顔に、否が応でも気づいてしまう。

遼子は、バッと顔を背けて小さく叫んだ。

「嫌っ…!」

どきんどきん

心臓が凄まじいスピードで音を立てている。

何でこんなー。

チン

エレベーターが着いて、遼子は震える足を懸命に踏み出し、男の片脇を抜き出ようと、試みた。

しかし、案の定男の手が遼子の肩を掴む。

「はっ離してください…。」

言って、恐る恐る男の顔を見上げる。

「何故だ…?」

少しも表情を和らげないまま、男が呟いた。

何故だ…って、何が…?

遼子の頭の中は大パニックだ。

数々の危険から救ってくれた、自分のヒーロー的存在であり、かつ…腹立たしくて許せなかった傍若無人な人…。

遼子をどうでもいい、と言ったその口で、どうしてキスをしようだなんてー?

そもそも、なんだってここにいるの…。

ちっとも整理がつかないまま、遼子は男の腕の中に絡めとられた。

!!!???

状況が把握できない。

だけれど、自分を抱きしめる男の腕の強さに恐怖すら感じる。

「や、やめてください…離してっ!」

何とか振り絞り、両腕で男の厚い胸板をついた。
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