甘い唇は何を囁くか
ずきん

身体の奥で、何かが鼓動する。

遼子は、不安になり男を見上げることが出来なかった。

このたくましい身体の中では、遼子の反発などまったくの無意味だ。

抱き上げられた遼子の身体は、もはや地面からもほど遠い。

「お、願い…離して…!」

震えた声で遼子は懇願した。

好きかどうか自覚する前に、襲われそうになってるなんて、どう考えてもおかしい。

遼子は、泣きそうになるのを堪えて歯を食いしばった。

「…何故だ。何故拒む…?」

ようやく何か言ったと思ったらそれ?

遼子は、怒りすら覚えて男の顔を見上げた。

「ー!」

あの無表情で、遼子を見下ろしているものだと思っていた。

だが、男の眉間には深いしわが刻まれ、どこか傷ついたように悲しげな目で…遼子を見下ろしている。

「そんなに…俺が、嫌なのか…?」

ずきーんっ!

遼子は一気に顔に熱が集まる音を聞いた。

ダメだ!こんな危険すぎる人、好きになっちゃダメ…!

必死に顔が赤くならないようこころみながら、言った。

「そりゃ…当たり前でしょ?わたしはあなたの名前も知らないわけだし、大体あなたさっきは私のことなんてどうでもいいって言ったじゃない。」

て、いうか早く下ろしてくれないだろうか。

身体まで熱くなってるんじゃないかと感じて、伝わるんじゃないかと不安になる。

「名前が分からなければ口づけは出来ないと…?」

口づけって…!

キスというより、どこか生々しく聞こえ、遼子は焦りを隠して言った。

「いや、名前が分かれば良いってものじゃなくて、それが大前提っていうか、もういい加減下ろしてよ!」

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