甘い唇は何を囁くか
こんな女、どうだっていい。

名前…?

そんなものどうだってかまわない。

ただの食物、それの名前を気にする者などあるか?

しいていえば、この女はスイーツ。

メインディッシュにもならないような貧相な身体、魅力の足りない瞳、そして、薄い唇。

どれをとっても、自分を興奮させる素材など見あたらない。

シスカは、腕の中の女を再び強く抱きしめた。

だが、抱き心地は良い―。

何か、懐かしい、そう…故郷を偲ばせる香りがする。

何故だ…?

「お前が欲しい。」

そう言えば、どんな女も陥落する。

ヴァンパイアの魔力の前では、どんな抵抗も無意味なのだから。

女の返答を待たずにシスカは歩き出した。

「お前の部屋はどこだ?」

視線を落として問いかける。

女はぼんやりと、自分を見つめている。

ほら、もうこの手の内だ。

嫌だ、などと言えるわけがない。

薄い、桜色の唇は、もう物欲しそうにしている。

どういうことだ―。

こんな女のどこにも、自分を誘う素材はない。

ない、なのに―。

シスカは堪えきれず、再び女の唇を塞いだ。

ああ、このエナジー…たまらない。

これまでのどんな人間から獲た生命力よりも、一番濃い力が注ぎ込んでくる。

そして、…これまで感じた事のない、味わった事のないほどの強烈な美味―。

その全てを喰らい尽くそうとするように口の中に舌を這わす。

女は上気した頬に、益々蕩けた視線でシスカを見つめている。

息も、絶え絶えに。
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