甘い唇は何を囁くか
散々、唇を交わしておいて、言うべき台詞ではないんだろうけれど。

そう思いながら、ようやく離れた唇が、再び押し付けられる前に、遼子は息を切らしながら男を見上げた。

その人の頬も、ほんのり上気しているように感じる。

遼子は喉の奥で詰まっているような言葉を搾り出すように声を出した。

「…あ、の…。」

「…ん、何だ…?」

そう囁いて小さく首をかしげる。

キュンと胸が鳴ったように感じた。

「お、下ろして…く、ださい…。」

果たして、下ろされた時に自分が立つ事ができるのかどうかは定かではない。

まるで四肢に力が入らず、今もまだ指先までだらりとしているままなのだから。

「無理するな―。どうせ、立つ事などできないだろう。」

かぁっと顔が熱くなるのが分かった。

キスだけで腰砕けみたいになることなんて―、今までなかったのに…。

「さて、部屋はどこだ?」

優しい瞳で覗き込まれて、遼子はごくりと唾を飲んだ。

もう、このまま―いっそ…。

「-教えません。」

「…何だと?」

男はピタリと足を止めると、遼子の顔に視線を落とした。

「もう一度言ってみろ。」

「…言わない…って言ったのよ。」

男は目を丸くして言葉を失った。

全ての女を、こうやって陥落させてきたんだろう。

ここまで来て、遼子が拒んだことに驚きを隠せない、そんな様子で呆然としている。

「私は、名前も知らない相手とできるほど…強くないし、何もなかったことにして日本に帰ることもできないの―。だから、部屋は教えない、教えられない。」

こんな情熱的で直情的なキスをさせといて言う台詞じゃないかもしれないけど―。

けれど―。

「…だから、…ごめんなさい。」

男は唖然と、遼子を見下ろしている。

まだ、状況が飲み込めない、というように。

「…あの…?」

男は、ぎゅっと唇を引き結ぶと唐突に両手から力を抜いた。

どさっ

案の定、遼子はそのままフローリングの床に落下した。

「きゃっ!」
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