甘美な蜜のプワゾン
右京が下駄箱に着いたとき、ちょうどタイミング良く太郎が降りてきたところだった。

「なんで俺がお前の鞄まで取りに行かなきゃなんねぇんだよ。ほらよ」

不満そうな顔を隠さず、太郎は右京に鞄を放り投げた。

「あぁ、悪かったって。ありがとな」

もちろんわざと太郎に鞄を取りに行かせていたのだ。
“虫”が出てくるのを待つために。

「まあ、いいけど。明日学食奢(おご)れよ」

「もちろん」

太郎が笑えば右京も笑う。
見た目も中身もまるで違うが、2人は幼なじみでいつも一緒にいる。

だから、太郎が悲しむ顔などは見たくない。
太郎の笑顔を守るためなら、右京はどんなことでもして見せるだろう。

「太郎、今日は家(うち)来るだろ?」

「ん、行く」

学校から最寄りの駅まで徒歩5分程度。

街を歩けばすれ違う人間は必ず太郎を見ていく。
そして9割の人間はいつまでも、チラチラと振り返ってまで見ていく。

男女問わずだ。

綺麗な人間を目で追いたくなるのは分かるが、右京にとってそれらの目は不快でしかなかった。

中にはストーカーのように、太郎が通るのを待ってる者もいる。

太郎は注目される事に慣れてしまって、いちいち人の視線など気にもしていない為、逆に右京が気になってしまうようになった。

だけど、こんな太郎の傍にいられるのはきっと右京しかいないのだろう……。

それも右京自身が一番知っていた。
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