叢雲 -ムラクモ-
どうにもならなかった。

「先生、おはよ!」

そういえば、北川からのこの言葉を教室で聞いたのは初めてだ。

「……はよ」

「……先生、元気ない?」

アホのくせに何でそんなとこだけ……はあ。

「別に。なんともない」

「ホント?」

「ホント」

「そっか。なら良かった」

純粋に笑うこいつを直視できないことが、またイライラをつのらせた。

考えるな。いつものようにアホとか言ってりゃいいんだよ。考えるな。

この気持ち……考えちゃいけねー。

「ね、先生、聞いてる?」

「ん、あ、ああ……」

「……」

北川は不安そうに目を細めた。

アホか、俺。こいつにこんな顔させてどーする。

「……ケーキ屋、明後日行くか」

もちろん教室にいる他の奴らには聞こえねーように小声で。

北川は細めていた目を見開いて、徐々に顔を緩ませていった。

「うん!」

そう答えたときには満面の笑みで。

俺の鼓動が一瞬だけ速くなったのは、気のせいだと思いたい。










はっきり言おう。自己嫌悪におちいっている。

いくら北川を喜ばそうとしたからって、あんな約束……。

明後日は土曜日で、部活の顧問でもない俺は特にすることもない。つまり断れねえ。

……バスケ部は土曜あったっけ。

「中沢」

「あ、松ちゃん」

バスケ部の部長に聞くのが手っ取り早い。

「え。土曜日?」

「おう。明後日」

「ないよ」

……。

「なになに、なんかあんの?」

「いや、別に……。悪いな、掃除中に」

「それは構わないけどさ。……あ、そだ。ゆずちゃんさあ」

北川?

「最近、怪我してないよ」

「……良かったな」

「うん。これで思う存分バスケができるってもんだよね!」

そうか、有坂は本当に何もしてないのか。安心した。

「……なんか松ちゃん、最近ゆずちゃんのことばっかあたしに聞いてるよねー」

「そ……そうか?」

「そうだよ」

……自分で思ってるより重症かもしれない。
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