叢雲 -ムラクモ-
あまりに小さな声で坂上先生は言ったから、俺は聞き逃すところだった。
「な、なんですって?」
聞き間違いだと信じたい。
北川も岸田も、驚愕を顔にうかべている。
「あ、ちょっと!」
止めるまもなく、坂上先生は職員室を走り出てしまった。
「お前らは授業に出ろ。あ、北川、お前は中沢のクラスに行って自習だと伝えてくれ」
坂上先生はこの時間、授業はなかったはずだ。
呆然としながらも頷いた北川と岸田を確認して、俺は坂上先生の後を追った。
「逃げないでください!」
門の前でやっと追い付き、その細い腕をつかんだ。
「もう一度、言ってください」
「……」
坂上先生は俺の手を振り払ったが、逃げずに真っ正面から向き合った。
「あなたが、好きなんです」
……ああ、やっぱり、聞き間違いじゃなかったんだな。
「どうして……」
「仕方ないじゃないですか! 恋に理由なんてありません。いつからかあなたに惹かれていた。気付いたときには遅かった」
坂上先生の声は、だんだんか細くなっていく。
「一緒に登校してるあの子に、わたしは嫉妬したんですよ」
震え始めた声に俺は対応のすべを持たず、きめ細かい肌に一筋の線ができるのをただ見ていることしかできなかった。
「……殴ってください、わたしはおかしいと。同僚に恋すること自体が校則違反だというのに、生徒に嫉妬するなんて……!」
とうとう両手で顔をおおって本格的に泣き始めた坂上先生は、その場に座り込んでしまった。
「……それで、教師と生徒は一緒に登校してはいけないと嘘を?」
「ごめんなさい……」
謝罪は肯定の証だった。
何も言えずに、俺は坂上先生と同じように座り込んだ。
痛みを訴えるこめかみをおさえ、短く息を吐く。
……短絡すると、俺は俺のせいで悩んでたっつーことか。
とりあえず坂上先生にハンカチでも出そうかと思ってポケットに手を突っ込んだが、北川に貸しっぱなしだと気付いた。
さっきよりも長いため息をつき、俺はぼーっと空を見上げた。
「すみませんでした」
涙をぬぐって、坂上先生は深く頭を下げた。
「な、なんですって?」
聞き間違いだと信じたい。
北川も岸田も、驚愕を顔にうかべている。
「あ、ちょっと!」
止めるまもなく、坂上先生は職員室を走り出てしまった。
「お前らは授業に出ろ。あ、北川、お前は中沢のクラスに行って自習だと伝えてくれ」
坂上先生はこの時間、授業はなかったはずだ。
呆然としながらも頷いた北川と岸田を確認して、俺は坂上先生の後を追った。
「逃げないでください!」
門の前でやっと追い付き、その細い腕をつかんだ。
「もう一度、言ってください」
「……」
坂上先生は俺の手を振り払ったが、逃げずに真っ正面から向き合った。
「あなたが、好きなんです」
……ああ、やっぱり、聞き間違いじゃなかったんだな。
「どうして……」
「仕方ないじゃないですか! 恋に理由なんてありません。いつからかあなたに惹かれていた。気付いたときには遅かった」
坂上先生の声は、だんだんか細くなっていく。
「一緒に登校してるあの子に、わたしは嫉妬したんですよ」
震え始めた声に俺は対応のすべを持たず、きめ細かい肌に一筋の線ができるのをただ見ていることしかできなかった。
「……殴ってください、わたしはおかしいと。同僚に恋すること自体が校則違反だというのに、生徒に嫉妬するなんて……!」
とうとう両手で顔をおおって本格的に泣き始めた坂上先生は、その場に座り込んでしまった。
「……それで、教師と生徒は一緒に登校してはいけないと嘘を?」
「ごめんなさい……」
謝罪は肯定の証だった。
何も言えずに、俺は坂上先生と同じように座り込んだ。
痛みを訴えるこめかみをおさえ、短く息を吐く。
……短絡すると、俺は俺のせいで悩んでたっつーことか。
とりあえず坂上先生にハンカチでも出そうかと思ってポケットに手を突っ込んだが、北川に貸しっぱなしだと気付いた。
さっきよりも長いため息をつき、俺はぼーっと空を見上げた。
「すみませんでした」
涙をぬぐって、坂上先生は深く頭を下げた。