叢雲 -ムラクモ-
「祭りぐらいでテンション上げてんじゃねえよ……」

「なんで? 楽しまなきゃ損だよ! ……あっ。破れたー! 和さんのせいだよ今の、話してたから集中が……」

「へいへい。俺がとれば問題ないんだろーが」

俺は祭りよりも、北川と出かけてること自体が楽しいんだがな。

「おっちゃん、もう一回」

「あいよ」

ま、北川が欲しいってんなら金魚すくいも悪かねー。










あのね、花火がすっごく綺麗に見えるところがあるんだよ。他の人もまあまあいるけど、行こうよ!

……と、いうわけで俺は、金魚と水が入ったビニール袋を持つ北川に連行されている。拉致られてると言ってもいい。

とにかくやたらとテンションの高いこの女は、鼻歌まじりにスキップしているのだった。

「転けるぞ。下駄なんだからな」

「大丈夫だよー。それより急がないと花火始まっちゃう!」

人の波を押し分けて、俺たちは祭りの会場から少し離れたところにある階段を上る。

上に見えるは地域の集会所。ったく、何の理由があってこんなとこに建てたんだか。

「和さん、今何時?」

「あ? えーと……」

腕時計を確認。

「七時二十八分」

「あと二分じゃん!」

ぜぇぜぇ言いながら階段を上りきった北川は、汗で化粧がおちちゃうとか何とかぼやきつつ、雲ひとつない空を見上げた。

暑い……。階段を走ってようやく着いたと思ったら、周りに五組ほどカップルが座っている。

その誰もが例外なくくっついており、地面の砂で汚れることなど気にしていないようだった。

おのおの二人だけの世界に入っているせいで、辺りの空気は桃色だ。暑さを増している原因はそれだった。

俺たちはどのカップルよりも階段の近くに座った。今しがた上ってきた階段を斜め下に見るというわけだ。

北川は浴衣を気にして両足を階段に投げ出しているが、俺は普通に私服なのであぐらをかいて両手を後ろにつき体重を支えた。

「……」

左側に座った北川は闇に染まる空を見たまま、地面についていた俺の左手に自分の右手を重ねた。

……北川の少し低い体温が心地よかった。
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