甘い恋飯は残業後に


難波さんの選んだワインはといえば、お店で出している赤ワインの中では中間クラスの金額の物。彼は気を遣ってそれにしたのかもしれないけど、実はこの店で出しているものの中でわたしの一番好きなワインだったりする。

普段わたしは、給料日直後にしかこのワインは頼まない。お気に入りのものを日常にするのは“特別感”が失われてしまいそうで嫌なのだ。


だから、月の真ん中の今これを飲むのは、自分の中で少しだけ禁忌を犯しているような気分になる。それでも好きなものが目の前にあるなら、手を出さない道理はない。

こくりと喉に流し入れると、花のような果実のような甘い香りが口の中に広がった。やっぱり、おいしい。


「うまそうに飲むよな、桑原は」

「えっ?」

「よっぽど好きなんだな、ワイン」


まさか、飲んでいるところを見られていたとは。

難波さんはこちらを向いて、薄く笑みを浮かべている。

……しかもまた、普段は見せないような優しい顔で。


「そ、そりゃ、叔父さんの所にずっと通ってますから……ってそれより」

わたしは焦って、無理矢理、話を変えた。


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