甘い恋飯は残業後に
「ご馳走さん。今日は急で悪かったな」
店を出てすぐ、難波さんはわたしにワインのお礼を言った。
「もっと高いのでも大丈夫でしたよ。遠慮しなくても良かったのに」
「いや、遠慮したんじゃない。俺はここではあのワインが一番好きだから」
――この店で、一番好きなワイン。
俯いて黙ったわたしに、彼は何を思ったのか。
ふと、難波さんの手がわたしの頭に乗せられた。
「海外に行くと、ここの料理が無性に恋しくなるんだよな。おかげで満足した。ありがとうな」
「……いえ」
なぜだろう。心臓がまたざわざわと騒ぎ出す。
きっと、お酒が入ったせいだろう。今日は調子に乗って少し飲み過ぎてしまったし。
頭から彼の手が離されると、夏だというのに、まるですきま風が吹いたような冷たさを感じた。
「じゃ、また明日」
「お疲れ様です」
この間と同じくコンビニの前までわたしを送ると、難波さんは駅の方へと歩いて行く。
わたしは彼が暗闇にとけて消えるまで、その後ろ姿を見送っていた。