甘い恋飯は残業後に
「……桑原さん」
「……え? あ、はい?」
ふいに呼ばれて振り返る。見れば、声の主は店長だった。
「どうかしたんですか? 何度か呼んだんですけど、倉庫の方をじっと見つめていたから」
「え、そ、そうだったんですか? すみません、気がつかなくて……」
動揺が抑えられず、わたしは不自然にならないように書類を見るふりをして、店長から目を逸らした。
「この間コーヒー豆の仕入れ先を変えてから、本社の皆さんに試飲はしてもらってましたけど」
「ええ、以前のと比べて香りがよくなった気がしました」
「今日は是非おふたりに、実際店で出しているものもチェックしてもらおうかと思いまして……」
そう言って店長は辺りを見回している。
「難波さんは、どちらに?」
「ああ……ちょっと今、電話があって」
咄嗟に嘘をついた。正直に言ってもよかった筈なのに。
「そうですか。では難波さんの電話が終わったらその時に」
「はい……」