甘い恋飯は残業後に



ロッカー室に店長が持って来たのは、氷の入っていないアイスコーヒー。試飲はホットですることが多いけど、今日の暑さを考えて敢えてアイスにしてくれたらしい。

「んー、アイスも悪くないな。本社で試飲した時と比べても、クオリティは全く落ちてないと思うよ」

難波さんが感想を言うと、店長は「良かった」と胸を撫で下ろしている。

わたしも一口飲んでみると、程よい冷たさの後にコーヒーのいい香りが広がった。


「やっぱり以前と比べて香りがいいですね。仕入れ先を変えて正解だったと思います」

ホットで飲んだ時とはもちろん違うけど、香りの良さはアイスでも変わらないように感じる。

突然、上層部から「仕入れ先を変える」という一方的な話が出た時は、以前よりもコストがかかるのに何故、と疑問だったけど、ある意味では納得だ。


「そうですか。おふたりに太鼓判を押してもらえて安心しました。では私はこれで戻りますね」

そう言って店長が出て行こうとしたところを、難波さんが呼び止めた。


「くれぐれも……」

「……ええ。わかりました」

何かの暗号のように、言葉が交わされる。

怪訝に思ったのが顔に出てしまっていたのか、難波さんはこちらを見て、ふ、と表情を緩めた。


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