甘い恋飯は残業後に
「思い返せば、わたしは人の好意を軽く扱ってしまっていたのかもしれないなって、反省したんです。誰かに好意を持たれることは、当たり前なんかじゃないのに」
そうだ、帰ったら水上ちゃんにメールしよう。あんな形で別れてしまって、きっと彼女も気にしているに違いない。
「桑原は、人の好意を軽く扱ってなんかいない」
「……えっ?」
「この間の奴にだって、話を聞いた限りちゃんと向き合おうとしていただろ。好意を軽く扱う人間というのは、相手に対して申し訳ないなんて感情は持たない」
難波さんは持っていたバッグをわたしに手渡し、こちらを真っ直ぐに見つめた。
「それに、愛され慣れているというなら、相手に無茶な要求をするとか、もっと我儘になっていてもおかしくない。桑原は千里の言葉に縛られて、人の好意を純粋に受け取れなくなっているだけだ」
断定された言葉が、心の水面を揺らす。刹那、どうしようもない衝動が心を駆け抜けた。
「あ……あの……ここ、なので……」
顔が、上げられない。
「ここまで来たんだ、部屋の前まで行くのも変わらない」
わたしは何も答えず、難波さんを振り切るように早足でマンションに向かった。難波さんは無言で後ろをついてくる。
心臓はバクバクと大きな音を立てている。もちろんそれは早足だからじゃない。
マンションのオートロックを開錠してエレベーターに乗り込むと、難波さんもわたしの隣に立った。ゴー、というエレベーターの音よりも沈黙がうるさい。
早く着いて。念じるように俯いて目を瞑っているうち、自宅の階に到着した。
握りしめていた鍵を鍵穴に差し込む。
カチリ。ドアが開いた。