甘い恋飯は残業後に


「何か勘違いしてるだろ」

「だってわたしとはもう……キス、したくないってことでしょう?」

「全然、違う」

難波さんはそう言って、わたしの手をぎゅっと握る。

何かを躊躇う素振りを見せてから、彼は決心したように小さく息を吐き出した。


「あれ以上していたら、歯止めがきかなくなりそうだったんだ」

「……えっ」

「驚くことはないだろ。好きな女性が傍にいて、ましてやあんなことをしていれば、その先の欲求が出てくるのは男なら当然のことだ」

ストレートな言葉で説明されたものだから、こっちのほうが恥ずかしくなってくる。

きっと、はっきり言わなければわたしには伝わらないと思ったのだろう。

二十七にもなって察することも出来ず、説明されなければわからないなんて、本当に情けない。難波さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「でも俺は、これ以上万椰を不安にさせたくはないからな」

「行くか」と難波さんはウインカーを上げた。


わたしはその場で「先に進んでも大丈夫」とは言えなかった。

まだ美杉さんのことが引っかかっているんだろうか、それとも過去のトラウマのせい?

あと一歩が、なかなか踏み出せない。


週末は、難波さんに合わせる顔がなくて、連絡出来なかった。


――難波さんからも、一度も連絡が来ることはなかった。


< 267 / 305 >

この作品をシェア

pagetop