甘い恋飯は残業後に
何だろう。ほっとしたというよりも、気が抜けたというほうが近いかもしれない。
静かに息を吐き出すと、彼はわたしの手に自分の手を重ねた。
「心配かけて悪かった」
「……いえ」
「疲れた顔してる。今日はもう帰った方がいいな」
難波さんはグラスのワインを一気にあおると立ち上がった。自分の方が疲れているくせに、とわたしは彼の後ろ姿を見つめる。
きっと責任を感じて、これまでもほとんどひとりであちこち駆けずり回っていたんだろう。今なら、誰にも行き先を告げずに出かけていたことも納得出来る。
「ほら、立って」
差し出された手に掴まる。無骨だけど、温かい。
階段を降り、レジのところまで行くと叔父さんがキッチンから出てきた。
「万椰、前のツケの分、宗司が払ってくれたんだからな。お礼言っとけよ」
何のことかと記憶を辿って――思い出した。
「ごめんなさい! 自分の分はちゃんと――」
「いいんですよ、高柳さん」
会計を済ませた難波さんが、わたしの言葉を遮るように言った。
「彼女の分は払って当然ですから」
叔父さんも、レジにいた美桜ちゃんもきょとんとした顔をしている。
難波さんはこちらに視線を向けたかと思えば、ふいにわたしの肩を抱いた。
「そういうことなんで」
美桜ちゃんが「きゃあ」と声を上げ、それで理解したのか、叔父さんは「何だそうだったのか」といやらしい笑みを浮かべた。
「俺の勘は当たったな」
叔父さんの勝ち誇ったような言葉を背中に聞きながら、わたし達は店を後にした。