甘い恋飯は残業後に
○踏み出した一歩


* * *


クローゼットから、いつも使っている宿泊用のバッグを引っ張り出す。近くにあった洋服を適当に入れてから、思い直して、出した。ちゃんと選んでバッグにしまう。

メイク落としやら、細々としたものが入ったポーチの中身を確認して、最後に下着を入れている引き出しを開けたところで、ふと、冷静になった。


「何てこと言っちゃったんだろう……」

いくつかのやりとりを経て、今晩は結局、叔父さんの店から近いわたしの家ではなく、難波さんの家で過ごすことになった。

そして『着替え取ってきたら』との気遣いに、わたしは慌ててここに帰ってきた。彼はわたしが準備している間、隣のコンビニで待ってくれている。


『それがどういうことを意味するのか、わかって言ってるんだろうな?』

わたしがああ言った後、難波さんは困惑したような顔で言った。

当然、わかっている。“そのつもり”で言ったのだから。

たとえ相手との関係がうまくいっていたとしても、常に傍にいられるとは限らないと、わたしは今回のことで思い知った。

ならば、傍にいる幸せをもっとかみしめたい。行動しないで後悔するより、今の感情に素直に従いたい。
やっとそう、思えた。

でも女の側から、しかも処女の分際で男性を誘うなんて、どうなんだろう。もしかして、ドン引きされてのあの顔、だったんじゃないだろうか。


ため息をつきながら、バッグのファスナーを閉める。

「……仕方ないか」

悔やんだところで、今更どうしようもない。

わたしはため息をもうひとつ残して、部屋を後にした。


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