甘い恋飯は残業後に
「ちょっと、痛いって!」
「おお、悪い」
「貸し、いち、だからね」
「わかったわかった。いやー、安心したー!」
本当にほっとしたのか、そう言って兄貴はラグの上に大の字になった。
……まったく。この無防備なお腹に、思いきりパンチでも繰り出したい気分だ。
「でもこういうのは今回限りにして。見世物的に人から見られるのは嫌だから」
兄貴は起き上がって、ニヤリと笑みを浮かべた。
「それは、万椰みたいな美人じゃないと言えないセリフだな」
「別に、そういう意味で言ったんじゃ……」
ただ、わたしを知らない人から“千里の妹はどんな人間なのか”と好奇心丸出しで見られるのが好きじゃないというだけ、だったのに。
「否定しなくてもいいって。万椰は容姿のことを否定したら、何にも残んないんだからさ」
兄貴は笑いながらわたしの肩をバシバシと叩く。
「んじゃま、来週の土曜日、よろしく。明日には携帯買うから、後で詳細送るわ」
パタン、と扉が閉まったのが、視界の隅に映った。
わたしはテーブルの上に置いていた鏡を見つめる。
「容姿を否定したら、何も残らない……か」
美人だとかブスだとか、一体どこの誰が決めているんだろう。
兄貴が部屋を出て行ってしばらくしてから、わたしは『バーサン』のことを聞き忘れたことに気がついた。
「……あれ、作っていくか」
レモンライムハニードリンクを作っていけば、誰かから『バーサン』の話が聞けるかもしれない。
――そして。
やっぱり、兄貴に認めさせたい。わたしがそこまで中身のない女じゃないということを。