薬指の約束は社内秘で
prologue
「俺達、結婚しようか」


低い囁きが耳朶を掠めて、「またか」とため息をつきたくなった。
いまの言葉が本気でないことくらいわかっている。だって私達が付き合うようになって、まだ半年だ。

私の彼氏、瀬戸 瑞樹(セト ミズキ)は、時々冗談とも本気とも取れるような言い方をしては、こちらの反応を試す意地悪なところがある。

どうせこのあと、「なーんて、嘘」とかお決まりの言葉が続くんだよね。

そう思っているのに微かに震えてしまった胸が悔しくて彼の腕から逃れるように体をよじると、「返事は、後ででいいよ」と唇を柔らかく塞がれた。

結婚なんてまだずっと先のことだと思う。でも、いつかはって憧れてしまう言葉だから。

今日の瑞樹は本当に意地悪だなぁ。

心で愚痴ると、ふと二人が付き合うきっかけを思い出した。


あれは就活中のことだった。
第一志望の会社のロビーで名前を呼ばれて振り返ったら、「これ、落としたよ」と背の高い男性に赤い皮地の定期入れを差し出された。

向けられた柔らかい笑顔にドキッとしたことを懐かしく思う。


初めての出会いだと思った。
でもそれが『再会』だと気づくのは、私達が付き合うようになってからのことだった。
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