薬指の約束は社内秘で
そんな松田課長の声が耳を過ぎていくと、代わりに別の声が鼓膜の奥で響く。

「簡単に信じたりするから、騙されたり裏切られたりするんだ」

それは婚活バーや田村君に騙された私に葛城さんが言った言葉。


あまりにも静かで何かを押し殺すような声に、

騙されたのは私なのに彼が酷く傷ついているように見えて、返す言葉が見つからなかったことを、

胸が締めつけられて手を差し伸べたくなったことを思い出す。

彼の下で働くようになって、私も感じたことがある。
彼に与えられたポジションと水面下で社内改革を推し進めることに対する嫉妬や煙たがる空気。

葛城さんをずっと見守ってきた松田課長に託されはしたけれど、私達はまだ始まったばかりで、葛城さんが望んでいるかもわからない。


だけど――……

目に見えない負の感情を受けながら日々過ごしてきた葛城さんが、心から安らげる嘘のない場所を作ってあげられたら。

もしこの先堪えきれない傷を負うことがあるのなら、その痛みも受け止めて癒せるような存在になりたい。

そう強く願いながら絡み合う指先に力を込めると、葛城さんはそれに応えるように優しく握り返してくれた。

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