薬指の約束は社内秘で
これはそんな堅苦しいものじゃないけど7月の賞与前だし。
変な誤解をされたり、葛城さんの熱狂的なファンと思われてもなぁ。

(いやぁ、後者だけは本当に困るって)

「でも、もういいや。なんでもいい。何とでも思うがいいよ」

さすがに扉の前で無駄に動くのも疲れてきた。
扉の横にあるインターフォンに手を伸ばしたら、カツッと靴音が響くのと同時に柔らかい声が耳に届いた。


「珍しいとこで会うね」

振り返らずとも誰だかわかるその声を、こんなにも近くから聞いたのは、どれくらいぶりだろう。

少し胸が震えたのは、声を掛けられたことに驚いたから。他に理由なんてない。
少しの動揺も気付かれたくない。そう思うのは、未練じゃない。意地みたいなものだ。

強く心に言い聞かせても、頬が硬直するのが自分でもわかる。
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