薬指の約束は社内秘で
揺れる瞳が私を見つめたのは、ほんの一瞬。
すぐに元の涼しげなものに戻した葛城さんは、足早にこちらに歩み寄るとスーツの内ポケットに手を入れた。

彼が取り出したのは顔写真入りの社員証ケース。
経営や社内システムに関係する部署の入室は社員証を警備システムにかざさなくてならなくて、経営統括室もそうだった。

チラリと見えた顔写真は唇を横に結んだ表情のないもの。
彼はそれと同じ顔で私達の存在をないものかのように、扉脇にあるモニターに社員証をかざした。

閉ざされた扉がゆっくり開く。室内に向いた彼の足を止めたのは――
私ではなく瑞樹だった。

「あれ。なんで無視されてんの、俺達」

やけに弾んだ声に葛城さんが振り返る。睨みを利かせた彼に瑞樹は柔らかい笑顔で続けた。

「彼女、用があるらしいよ。それとこれは社長から。目を通して置くようにって」

瑞樹が差し出した書類を葛城さんは無言で受け取る。
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