薬指の約束は社内秘で
「じゃぁ、よろしく」

瑞樹はそう言って、まだこの階に止まっていたエレベーターに乗り込んだ。
どうやら彼は秘書室の主任という立場で葛城さんに会いに来たらしい。

葛城さんも社長から直接指示を貰う立場の人なんだ。
上昇していくエレベーターの階数表示を見つめながら、ぼんやりそんなことを思っていると、「用って?」と斜め後ろからの声に我に返った。

「あっ。えっと、ですね。これを――」

ケーキボックスを胸の位置まで掲げるのと同時に、心底面倒くさそうなため息をつかれる。

「悪いけど、販売部の査定は俺の担当じゃないから」

本気なのか、お決まりの毒舌なのか。帰れとばかりに手を払われて「違いますよ!」と強く言い放つ。

「これは葛城さんと彼女さんの貴重な週末を邪魔してしまったお詫びと、助けてもらった感謝の気持ちです。
やましい気持ちは1ミリもございません!」

彼の胸に押し付けるようにすると「へぇー」なんて、他人事全開の声。

なんか、もうっ。本当に調子が狂うというか。でも助けてもらった恩は、これで一応返せたはず。

ふっと鼻を鳴らしてやった。

「それにしても葛城さんの彼女って、きっとものすごーく心が広くて純粋なんでしょうねぇ。だって、そうじゃないと、ねぇー」

付き合いきれないに決まってる。

それは助けてもらった感謝の気持ちとして、喉の奥に押し込んだ。


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