薬指の約束は社内秘で
そうそう。いつも言われ放題な私じゃない。

晴々した気持ちで彼の毒舌を待ち構えるのに、葛城さんは何かを考えるように「あぁ」と小さく呟くだけ。

こうしている間に一度開いた経営統合室の扉が時間切れとばかりに、微かな機械音を立て閉じようとしている。

室内は出払っていて誰もいなかったみたい。どうりで静かなはずだよね。時間を無駄に過ごしてしまったよ。

そんなことを思っている間も、葛城さんはまだ何かを考えるように視線を足元に落としたままで。

(彼女のことでも考えてるのかな?)

待てども返ってこない毒舌にしびれを切らし、「それでは」と踵を返したら、不意に背の高い影が私との距離を一瞬で縮める。

「えっ」と声をあげる暇もなく右手首が掴まれると、バランスが崩れた体ごと室内に押し込められてしまった。

静かな機械音と共に扉が閉まる。

右手首を掴まれたまますぐ横の壁に追い詰められた。

背中から伝わる冷たい壁の感触に、加速を遂げる鼓動の響きに、何か言ってやりたいって思うのに。
近すぎる距離に息を呑むことしか出来ない。

見つめ返すのが精一杯な私の頬に、ふっと嘲笑うような吐息が触れる。
背筋がゾクリとするほどの綺麗な微笑で囁かれた。
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