薬指の約束は社内秘で
場の状況を的確に判断した冷静な声。
それは初めて会社で会った時に聞いたのと同じもの。

流れで彼と一緒にいたとはいえ、酔いが回っているみんなを前に正直に話せるわけがない。

葛城さんの判断は正しかったと思う。
だけどその場の空気を一瞬で変える凍てついた声に、胸がチクリと痛みを放つ。

シンッと静まり返った玄関に、彼が閉めた靴箱からパタンッと小さな音が響く。
その音で我に返った彼女達が一斉に息をついた。

「なーんだ。そうだと思ったぁ」

「それじゃぁ、飲み直しってことで!」

「いや。もう眠いから」

視線を合わせず首を振った葛城さんに、彼女達はニヤリと笑う。

「ダメダメー。だって、松田課長も呼んじゃってるもんね」

葛城さんは松田課長という切り札を出され断れないと悟ったのか、それ以上抵抗することなく両腕を取られた状態で引きずられるように歩き出した。

隣にあった背中が少しずつ小さくなっていく。

一度も振り返らない広い背中が階段に差し掛かり私の視界から消えてなくなると、優しく髪に触れた指先の感触を思い出して、今度は強く胸が締めつけられた。
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