【短編】レンアイ劇薬
レンアイ劇薬


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恋愛は劇薬である。



毒性と中毒性が強く、
時に副作用を伴うもの。





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いつかプリンセス何とかという占い師がそんなことを言っていた。


巷には恋愛のHow to本が溢れている。

駅やデパートの書店の恋愛本や雑誌に並べられた
キラキラしたコピーは少し、いやとても目障りだ。

大体本に書いてあるような恋愛テクニックを実践した所で
自分の理想の男性が白馬に乗って迎えに来てくれるというのか。






原葉月(はらはづき)
地方出身の元田舎者。

今は東京の商社でバリバリ働かせてもらっている。


入社してから脇目もふらずバリバリ仕事をしていたおかげで、
今では海外の商談なんかも任せてもらえるようになった。

世間は私の様な女のことを「キャリアウーマン」なんて呼ぶ。

仕事での評価は右肩上がりだけれど、
唯一の欠点、それは恋人が全く出来ないこと。全く。


そんなこんなで、恋愛のHow to本の類はまるで信じていない。
あんなもので救われるならこっちも苦労などしていない。












「おまたせ」





私はその言葉と共に現実世界に戻される。
何気なく見ていた店内の雑誌の
胡散臭い恋愛特集のページを閉じて目の前の人物へと視線を向ける。




「久しぶり、杏子」

「ごめんごめん、編集が少し遅れちゃってさ」

「いいよ、私もついさっき来たところだから」



今日は此処、青山の人気のレストランである
Crewedで彼女と待ち合わせしていたのだった。



篠山杏子(しのやまきょうこ)
私の大学時代からの親友である。
お洒落とグルメ好き。一番の好物はイケメン。

彼女は人気女性誌のコラムニストである。
恋愛の記事を多く書いていて、恋愛知識に関しては神である。
そのくらい崇拝している信者も多いのだ。



一方私は、恋愛の知識やテクニックなんて皆無。



なんたって私は元
≪田舎者の地味女≫なんだから。



長くてダサいセーラー服に身を包んだぽっちゃりで地味でドジな芋女。
高校時代のそんな自分が嫌いで、自分に厳しくなった。


大学で東京に進学してからは、
アルバイトをして貯めたお金でジムやサロンに通った。

今ではスタイルも良くなったし、センスも良くなったはず。


大学2年の時には、杏子と出会い、
この大都市を片っ端から楽しんだものだ。

そして私は、少しずつ大都会・東京の人間になっていったようだった。

だけど、カレシと言う固定の関係なんてなかったし、
本気の恋愛なんてしたことなかった。

どこかで田舎者の地味女の自分を捨てきれないのかもしれない。


「ねぇ葉月、何か頼んだ?」

「んーん、まだ」

「じゃあ適当に頼むか」

「これは?アマトリチャーナ」

「葉月パスタ好きだよね~~いいよ!たのも! すいません」


杏子はアマトリチャーナの他にシーザーサラダや
カモ肉のロースト、それに赤ワインのシャトー・ベイシュヴェルを頼んだ。


「赤ワイン久しぶりに良いの飲みに行きたいな~」

「杏子はホントワイン好きなんだから。」

「赤ワイン飲んでる時間は至高の時間。記事の〆切も面倒な人間関係も忘れさせてくれるんだから」

「今度赤坂のバー行く?何だっけ、名前忘れちゃったけど」

「いこいこ!オーパス・ワンにシャトー・ラフィット・ロートシルトにサッシカイア…
 私を待っていて!」

「もう……高いワインばっかり」


瞳をキラキラ光らせる杏子の頭の中には、既に大好きな赤ワインのことしかないのだろう。
しかも彼女の名前を挙げたワインは仏・米・伊の最高級ワインだ。
酒飲み中の酒飲みの彼女に付き合うのは大変なのだ。







「あ、そういえば」

「ん?」


「はい、お土産」

「やった!アメリカとフランス出張のお土産でしょ?
 期待してたのよね~~開けていい?」

「うん、もちろん」

「うっわ~~綺麗!」


会社の都合で先月・先々月とLAとパリへ出張していたのだ。
仕事の合間をぬって向かった
カリフォルニアの西海岸を繋ぐビーチやセーヌ川の近くにあるサント・シャペルは
息を飲むほどの美しさで仕事の忙しさなど忘れられたものだ。

杏子にはサンタモニカ・ピアーの貝殻入りインテリアと
サントノレ通りで購入したBALENCIAGAのポーチをプレゼントした。


「はい、じゃあこれは私から」

「え?なに?」

「少し遅くなっちゃったけど、24歳の誕生日プレゼント」


「え、これ、」

「開けてみて?」



「わぁ…」

中には深紅のエナメルのハイヒールと香水。

LouboutinとPradaの箱がとても眩しい。

「ルブタンにプラダ…高かったでしょ?いいの?」

「もちろん、葉月の為に選んだんだから」

「ありがとう」





「この靴と香水で、早く良いオトコGETしなさいよ」

「ぶふっ……!!!!」

「ちょ、やめてよ!汚い!」

「杏子が変なこと言うから……大体ね、私はそんな機会ないから」


そこでちょうど店員が料理を運んできた。
食欲をそそるイタリアンが黒いテーブルに並ぶ。





「もう…いつもそんなことばっか言って。仕事忙しいとか言って言い訳してるだけでしょ?
 大学生の時から言ってるけど、いつもそうだからチャンスを見逃してるの!
 恋愛コラムニストから言わせれば」

「そんなこと言ったって…」


「じゃあさ、葉月の理想の男性ってどんな人?」


カプレーゼをつまみながら、杏子が私の瞳を覗き込む。


「えーっと、大人でー」

「ダメダメ!オトコに大人なんて求めちゃダメ!
 彼らはいつになっても少年なの!80歳になっても子ども!
 大人の男を繕っていてもそれは所詮仮面なのよ」


「は、はぁ…」

「なによ、天下の恋愛コラムニストが直々にテクニックを教授してあげてるのよ?」


「私にいっても無駄だよ」

「何言ってんのよ、自身のない弱気な女がキラキラして見えるわけ?
 大学生の頃のお洒落を楽しんでた葉月はどこ?最近仕事、仕事って言い過ぎ」

「本当に忙しいんだってば~~」

「それも分かるけどね、本当にいい女は恋も仕事も幸せをつかむの」


「そんなの出来ていたら苦労してないし…」

「もう…アンタだって容姿は良いし、性格だって難があるわけじゃないのに何でオトコの一人や二人や三人出来ないわけ?」

「あの、カレシって一人じゃないんですか杏子さん…」

「大体アンタの職場だって男ばっかりでしょ?」



たしかに商社での仕事相手や同僚・上司は男性が9割を占める。THE オトコの職場だ。

「そうだけど…」


「分かったわ…アンタがオトコ出来ない原因…

 葉月がオトコ化してるの!!!!」


「え?」

「オトコと一緒に働いてるうちに、オトコのようにバリバリ働いてるでしょ?
 葉月はもとからサバサバしてるし、余計女から遠ざかってんの。
 オトコは自分と対等の地位とモチベーションをもっていて、さらに女らしさを感じられない女なんて相手にしないよ」


「確かに…結婚していくのは、事務職の可愛い小動物系の女の子かも…」


「ほらね?」

「しかも葉月、私服は気合も入れてるみたいだけど、職場ではどんな服装してるの?ちゃんと気を遣ってる?」

「もちろん!仕事での最低限は…」

「違う違う!女としての!」

「…普通だと思うけど、こんな感じ」

私はこの前の社員旅行の写真を見せる。



「は?!何この、真っ黒い喪服みたいなスーツ!!
 しかも黒いパンプスにひっつめた髪!化粧もテキトーじゃない」


「それはちょうどアメリカ帰りで…」

「言い訳は無用!!これからは髪はおろしてしっかりメイク。
 スーツも明るくてフィットしたものを新調して、下着もね。」


「えーーーーー」

「騙されたと思って試してみなさい。
 一歩踏み出す勇気がないといつまでも今のままなんだから」

「…杏子様には負けました…」





終始杏子の恋愛テク改め改造計画を聞かされ
レストランを出た時にはくたくただった。





















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