【短編】レンアイ劇薬
次の日。華の金曜日だ。
新宿の本社35階にいつもの通り足を運ぶ。
ガラス張りのエレベーターにうっすら映った自分の姿を見て
ふと昨日の杏子の言葉を思い出す。
「……私って、オトコ化してるのかな」
そういえば、ずっと黒髪に漆黒のスーツで出勤しているかも。
大学を卒業して少しは、いつも、まるでデートに出かける様に
毎日気合を入れて出勤していたというのに。
いつしか仕事が忙しくなって、
気合を入れて化粧をするなんて女友達と出掛ける時くらいだ。
首にかけた社員証の中の2年前の私は、キラキラした笑顔をこちらに向けていた。
「もしかして…魅力ない?」
そんなことを考えていたら腕時計の針は既に8:27を指していた。
「やっば!」
私は急いでエレベーターを降りた。
谷上商事はエネルギー・石炭・食糧を取り扱う商社だ。
日本各地に支社を持ち、全社員数は2658名。
新宿の一等地に本社を構える上場企業で、近年のグローバル化政策で経常利益も上場である。
私はそこのエネルギー事業部 石油・石炭本部で働いている。
「おはようございます」
「おはよう、原」
上司の上野課長に挨拶をして自分のデスクへと急ぐ。
「はよ、葉月」
「おはよ、遼」
隣のデスクではストライプのグレーのスーツに身を包んだ同僚がメールチェックをしていた。
宮岡遼(みやおかりょう)
100名近くいる同期の中でも一番の仲のいい男の同僚だ。
配属から今までずっと同じ部署の隣のデスクで仕事をしている。
新入社員の当初から主に女性たち(主に事務職)にはモテていて、男性の上司にも好かれていた。
雰囲気も佇まいもスマートだが、整った甘いマスクと明るい性格が人気なのだ。
焦げ茶に近い黒髪に、横を剃りこんだツーブロックの髪型。
ほんの少したれ目の二重に、通った鼻筋と、170後半であろう身長は女子たちの憧れであるらしい。
何度か告白現場を目撃してしまったことはあるが、特定の女性と付き合っているという噂は聞かない。
「なぁ、フィリピンの件だけど、書類完成してるか?」
パソコンを起動操作していると、横から声が飛んでくる。
「うん、メトロマニラの主要工場と協力メーカーのリストアップはしてある。」
「サンキュ。ホーチミンとかよりはやりやすそうだな」
「そうだね。治安的にも大丈夫そう。私が1年前に行ったときは首都圏も大分良かったし。
まぁ未だにデパートとかコンビニにセキュリティはいるけどね。」
「だろうな、同期の川野もそんな感じで言ってた」
「ただ…スラム街は相変わらずひどいね」
「ニノイアキノから離れれば離れれば治安悪いって感じか」
遼がためいきをつきながら資料をめくっていく。
彼は同じエネルギー部門でもフィリピンの石油プラントの事業を担当していた。
一方私はアメリカの一件を担当している。
「さぁ、まぁニノイアキノでも日本人狙いの犯罪とかあるから」
「とりあえずもう一回川野と相談してみるわ。そういえば、お前カリフォルニアはどうだった?」
「うーん、これと言って進展なしかな。先方の様子見って感じ。
それよりメーカーの担当者が一筋縄ではいかないってプロジェクトメンバーも困ってるみたい」
「例のカミヤマ電機の担当だろ?御曹司だか何だかしらないけど、威張ってるんだよな」
「私は現地担当だからいいけど、国内の提携が上手くいかないと困るんだよな~~
予算や製品の質を見て他社は考えられないし…」
「まぁ、とりあえずお前は現地の方で頑張ってればいいだろ。
あ、そういえば先週LAXで銃撃事件あったみたいだけど、お前は遭遇してなかったのか?テレビ見てびっくりしたんだけど」
「あーー、私が出発してからだから遭ってないよ。」
「なら良かった。あーーー今日も残業かな」
「朝からもうそんな話しないでよ」
「ふーーー疲れた」
「ん、珈琲。」
「ありがと」
「こんにちは」
「一沙さんいますか?」