ワンコそば
「家へ来るか?」
今日初めて会った、しかも自分を襲った男に何を言っているんだ。
突拍子もないことをいうこの変わった女を少年は正面から見つめた。
ショートボブに眉が見えるほどの短い前髪の気の強そうな女の子。
物怖じしない強い意志の感じられる大きな栗色の瞳。
身長も僕の首くらい。小学生か?
ただのガキだと思ったが、笑うとわりとかわいい。
幸せな家庭で両親ともに愛されて育つとこういう愛情深い子供に育つのかな?
自分の母親も愛情は深かった。
彼女の母親に会ってみたい気もした。しかし…
今の自分をどんな目で見るだろうか?軽蔑か?嫌悪か?
しかもこの家に帰らなくてもいいのなら…連れて行ってほしい。
いや、そんなこと言えるわけがない。
見ず知らずの男を家になんか招いてもらえるわけがない。
あんたは良くても家族は放っておかないだろう。
無言のまま暫く少女を見つめていた。
少女は少年が迷っているのを見透かすように笑みを浮かべ、右手を差し出した。
え?握手?
しどろもどろしている少年の右手に、赤いジャンプ傘を持たせ、左手を握った。
少女は彼の左手をぐいっと引っ張って歩き出した。
彼も彼女に従った。
そうして二人並んで歩き出したんだ。
冷たかった左手はいつの間にか温かかった。
二人は前を向いて無言で歩いた。